13.5.31放送

「見張りの糸」

(鬼平犯科帳スペシャル)

Key Word : 糸の意味するもの


 古い友人を訪ねに品川に出ていた相模の彦十は、偶然その帰り道に盗人を見かけた。稲荷の金太郎といい、彦十が一時身を寄せたことのある盗賊狢の豊蔵の弟だ。彦十はすぐさま金太郎を尾行し、大黒やという茶店に滞在していることを突き止めた。平蔵は大黒やの向かいの仏具屋に見張り所を設けさせ、一味の一網打尽を目論む。

 その仏具屋のあるじ忠兵衛は、火盗改メのその手際の良さに感心する。平静を装いながら、興味津々面白半分で火盗改メと、その見張り先の大黒やを眺める忠兵衛とその奉公人だが、その忠兵衛自身に向かう一つの視線に気づかなかった。忠兵衛を相手に一仕事を企む浪人は、まさかその仏具屋の二階に火盗改メがいるとも思わず、着々と準備を進めていく。

 そんな最中、京都町奉行所の与力である浦部彦太郎が平蔵を訪れた。江戸へ赴く役目の帰りらしい。珍客に喜ぶ平蔵は、うさぎこと木村忠吾を役宅に呼び戻す。かつて平蔵が京都を訪れた際に、彦太郎から是非にと請われ、彦太郎の娘お妙と婚約していた忠吾だが、残念ながらそのお妙は病死。最近ようやっと嫁を娶り、彦太郎へもその報告を入れていたのだ。


 ところが、この珍客が思わぬ方向へと話を進めて行く。まずは浪人たちが先んじて動き始めた・・・。





 「見張りの糸。」

 確かに平蔵は絡めた見張りの糸を上手に仕上げて行くのだけれど。この糸という言葉は何気に重たいような気がしています。もちろん本作の「見張り」の対象は盗賊ですが、張られた糸はそれだけではありません。前回放送(といっても16年前ですが)の時にはまったく触れませんでしたが、本作は平蔵が京都に行った頃から張られた糸が息づいていて、そして一つの形になっています。自分の息子のことのように忠吾の結婚を喜ぶ彦太郎。自分の父のように彦太郎を慕う忠吾。江戸と京都と遠く離れた場所に住み、血の繋がりも、親類の縁も無い二人の間に、父子のような縁ができる。昔の時代どころか今の時代でも稀有な一本の糸は、何を意味しているのでしょうか。

 一つ一つ張られた糸が、この作品のような鬼平後半作になると花開いていて。一作一作で張られた糸を繋いでいくのも絶品だけれど、何作も何作も紡がれた繋がりをずっと追いかけて見る作品というのも、悪くないなぁと感じさせる作品だったりします。

 さて、放送される作品は彦十から小房の粂八に換えて作ってくるようですね。この作品の良さは、火盗改メの動きを良く知っている忠兵衛が、浪人が動くまで自分の状況を把握していないってところの、茶目っ気だと思うのですが、いかがでしょうか。

 深読みすると、見張られていたのは盗賊じゃなくて木村忠吾だったかも・・・っていうオチも捨て難い(笑)んですが。義理人情も良いけれど、この面白可笑しい鬼平は、吉右衛門さんならではだと思うんだけれどなぁ・・・。



鬼平犯科帳,池波正太郎,文春文庫,第16巻,第5話

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