06.02.17放送

「兇賊」


Key Word : 緊迫感


 気ままなひとりばたらきをしている鷺原の九平は、死ぬ前にもう一度見ておこうと生まれ故郷を訪れた。その帰り道、九平は聞き捨てならぬ言葉を耳にする。

 「今度はお頭。ぜひにも江戸で、
  鬼の平蔵の血を見なくちゃあおさまりませんねえ」

 鬼の平蔵といえば火盗改メの長谷川平蔵に他ならない。その命を狙うとは・・・九平はこの印象深い言葉を口にした三人づれを隠れてやり過ごす。


 じつはこの九平、江戸では居酒屋を営んでいた。評判の芋酒と小洒落れた芋料理が評判のこの居酒屋に、ある日ひとりの浪人が訪れる。九平は、気さくで武家風を吹かせぬその浪人に好感を抱き始めた。

 ところが、この浪人は居酒屋を出た直後に襲撃を受けた。死体をあらためる浪人の姿。浪人に役人が頭を下げる姿。何が何だか分からぬまま、思わず浪人の後をつけた九平の目に飛び込んできたのは・・・


 平蔵が盗賊や雇われ浪人から襲撃される場面は数多くある。いずれも緊迫感漂う迫真の場面だ。けれども料亭「大村」でのシーンはどうだろうか。淡々と、淡々と、緊迫感に欠けたまま、平蔵は追いつめられていないだろうか。

 網切の甚五郎の手際が鮮やかであったこと。そして何より『敵が、ここまでやってのけようとは思いもかけなかったことである。』と記された一文のように、平蔵にとって意外であった手際の良さ。

 人が想定外の場面に出くわすと、緊張する間もなくただ流されるままでしかいられない。例え鬼平であっても、それは同じなのかもしれない。

 「御苦労だったな。いや、まことに御苦労だったなあ……」

最後に、九平へ平蔵がかけた一言は。はるばる倶利伽羅峠まで年寄りを歩かせたからだけではないだろう。なす術もない平蔵を、偶然ながらも救った命の恩人へ。言いようのない感謝が込められているに違いない。きっと。


 さて。しばらく後半巻の作品が続いていましたが、ここに来て原点回顧を図っているのでしょうか。前回スペシャルは「山吹屋お勝」で今回は「兇賊」でした。前半巻(前2作品とも第5巻に納められています。)の作品を中心にまとめられているようです。みなさんは次回作をどう読みますか?

 と。来春も1作品放送されることを切に願いながら、放送を見たいと思っています。


鬼平犯科帳,池波正太郎,文春文庫,第5巻,第5話

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