今回の主人公は火盗改メ与力、富田達五郎の話である。
富田は無外流井口清右衛門の高弟で、同心沢田小平次とともに知られた剣術の名手。
木村忠吾などに言わせれば、
「目無しの達ちゃんは、口うるさくてかなわない。というほど実直かつ切れ者の男が、悪事に手を染め破滅していく物語。
ついでに口無しになってくれればいいものを・・・
配下の悪事を中心とした話は他にもあるが、この探索は非常に困難である。
味方が味方を疑うようになれば、それこそ疑心暗鬼に陥り、
チームプレーが不可欠な火盗改メの仕事に支障をきたす。
また事が公になれば、火盗改メ、しいては幕府の威信にかかわる。
従って探索は少数精鋭をもって行われ、今回も平蔵の他には腕利きの
同心沢田小平次、密偵伊三次、扇屋平野屋源助、番頭茂兵衛、その配下数名のみであった。
鬼平の根底に流れている大きなものとして、
「善事と悪事は紙一重。」
「人生のほんのちょっとしたことで善人にも悪人にもなりうるのが人間である」
いとうものがある。
女性問題や生まれの差、家族の問題など。
平蔵が良い例で、若い頃は放蕩無頼の生活を送っていた。
富田自身は娘が大病でお金が必要というのが心の中にあったことが、心に隙を作っていたのだ。
最後に出てくる平蔵の言葉が、それを端的にあらわしている。
「人というものは、はじめから悪の道を知っているわけではない。
何かの拍子で、小さな悪事を起こしてしまい、それを世間の目にふれさせぬため、
また、次の悪事をする。そして、これを隠そうとして、さらに大きな悪の道へ踏み
込んで行くものなのだ。おそらく、富田達五郎もそうだったのであろう。」