13.1.4放送

「泥鰌の和助始末」

(鬼平犯科帳スペシャル)

Key Word : それぞれの物語


 長谷川平蔵の跡取りである辰蔵が、近頃これまでとは人が違ったように市ヶ谷の坪井道場へ通い、剣術の稽古に励んでいるらしい。そう私邸の用人を介して耳にしていた平蔵は、辰蔵の身体に残された怪我と話しぶりに息子の成長の跡を感じながらも、「道場で恐ろしい剣法を見た」と話し始めた辰蔵の言葉に、気色ばんだ。平蔵が剣友の岸井左馬之助と共に高杉道場に通っていた頃、その高杉道場を譲っても良いと思われていたほどの剣客、松岡重兵衛と、あまりにも似ていたのだ。

 平蔵が本所の銕と呼ばれて旗本の跡継ぎとしての身持ちを崩しかけていた頃、松岡重兵衛は、それを救うきっかけを作った人物の一人であり、さらには、現在火盗改メとして職務に励む平蔵にとって、極めて重要な過ちを留めてくれた、大恩人たる人物だった・・・。

 その重兵衛を、数日間コソコソとつけ回す姿があった。泥鰌の和助と呼ばれる盗人で、大工として働きながら仕掛けを施し、何年か後にその仕掛けを使って血を流さずに商家に忍び込む手口を得意としていた。

 ある日和助は重兵衛へ声をかけ、江戸でのお盗めを持ちかける。火盗改メの長官が長谷川平蔵である事も、かつての重兵衛と平蔵の間の顛末も、そして和助もまたその顛末の当事者である事も、全て承知した上で、江戸で盗めを行うというのだ。和助は、紙問屋の小津屋源兵衛方への押し込みに、激しい執念を燃やす。自分の隠し子である磯太郎の、弔い合戦として・・・。

 平蔵は辰蔵を使って重兵衛の住処を突き止めた。かに見えたが、重兵衛はそれを察知し、一味と共に姿をくらます。偶然、辰蔵の遊び仲間である阿部弥太郎が拾ってきた、唯一の手がかりを足がかりに、平蔵は先代狐火の勇五郎配下の引き込みを務めたおかね、その亭主である不破の惣七、そして徒党を組んだ浪人衆と、少しずつ包囲の輪を狭めて行くのだが、一向に重兵衛の姿にたどりつけない。

 それもそのはず、不破の惣七は、和助や、重兵衛とは全く別の意図を持って浪人衆を集め、盗めに加わっていたのだ。そして平蔵が重兵衛にたどりつけないまま、事が起こった・・・。




 一つのプロジェクトに携わる人々が、それぞれに事情を抱えながらも、心を一つに共通の目標へ突き進むこと。例えば会社と会社が手を組むときなど、日常では、もしかしたらごくありふれた光景かもしれませんが。鬼平作品の中でこれだけ多くの個々の事情と目的が一つのお盗めに集められることは、そう多くないように思います。

 この一つ一つの事情や目的に思い入れを持って作品を読んでみると、なんだか何話分も読んでいるような錯覚にとらわれないでしょうか。平蔵の捜査は、その多くの事情や目的の中においては唯の一つに過ぎない訳で、それが盗めの流れ・方向性を定める存在にまではならなかった。するってぇと、この中で腕が一番良かったのは、じつは流れを決めた惣七だったということになるのかもしれませんね。

 さて。本放送は「泥鰌の和助始末」に「おみね徳次郎」を交えて放送されました。そう、過去形なんです。うっかり。一応ここまではビデオを見ずに書いてみましたが・・・どんな風にアレンジしているのか、これから観てみます。



「泥鰌の和助始末」,鬼平犯科帳,池波正太郎,文春文庫,第7巻,第5話
「おみね徳次郎」,鬼平犯科帳,池波正太郎,文春文庫,第4巻,第6話

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